2009年03月26日

自分が変われば相手が変わる?

はいは~い、
今日はもう少ししてから、
ホークス 対 タイガース戦に出かける、
JewelryThrapystマキでっす!


今日は、天気がいいけど、まだ寒っっ!
お花見、出来そうで、寒くてできない日々が続いてます★

日中、こんなに寒いのだから、
夜桜は寒かろう・・・・


それさておき。





さてさて、ところで、

『自分が変われば相手が変わる』といいますが、

自分は変わったけれど、
相手は変わらなかった(x_x)

…という人、





もしや、

『相手を変える』ことを『目的』にしていませんでしたか?


そりゃ、『相手が変わらない』のは当然。
なにしろ、相手はそもそも変わる気なんて、
まったくないんですもん。



相手が変わってくれる。
というのを、目的にして、
自分が変わる。というのは、


私が変わったんだから、あなたも変わってよ!

…と、要求しているようなもの。


そりゃ、無理ですぜ。


…てか、自分が相手の立場になって考えてみたら、
そりゃ嫌でしょう。




私は嫌だわ~★






『自分が変われば相手が変わる』というのは、

『自分が相手に対する見方を変える』と、

違った見方が出来るようになるので、

『相手が変わったかのように見える』というもの。




まー、

さしずめ、

動き始めた電車から、
止まっている電車を見ると、

自分の電車が止まっていて、
止まっている電車が走り始めたかのように、
錯覚して見えるとき…みたいな感じ。


相手は変わってないけど、

相手が変わったかのように見えるって感じ。




だから、

相手が変わる。のではないのだ。






つまり、相手が変わらなかった(x_x)

…という場合、

自分が変わることで、相手に変わってもらおうとする、
その気持ちが変わらない限り、

相手は変わってくれにゃいのだ。。。



だから、

相手が変わらない。 ということは、

自分が相手に対する見方が変わっていない。

という確認でもあるのだ。




また、


あの人のあそこが変わったらいいのに。

…というような場合、


自分の中にも、


同じように、

変わったらいいのに。という部分があるのであ~る。




人はカガミ。

自分を拡大しているか、投影している。





いや~、面白いです。
  


Posted by ジュエリーセラピスト・マキ at 14:59Comments(2)心理学あれこれ

2009年02月09日

愛されたい。と思う人は、相手を…

はいはいはい、

週末の東京展示会あ~んど、
友人の寿イベントにより、

明日10日の朝~16日まで
ずーーーーっと東京ステイになる
Jewelry Therapyst マキでっす。



いつものごとくパソコンはお留守番。

なので、しばらく携帯以外では連絡がとれませんのであしからず。



さてと、一週間分のしたくを、今からしなきゃ!



…とその前に、


なんか、ちょっと書き留めておきたいことがあるので、
それを書いてから準備にとりかかります。




●愛されたい。と思う人は、





相手を…



たいして愛していません。








愛されたい → 自分の欲求

つまり、
自分の欲求を満たしたい!!!!!

と、切望していて、



相手をただ愛することを、あまりしていません。


…尽くしてる?

…色んなことをしてあげている?



それもまた、愛されたいがためにしていることで、
相手を愛しているから、とは、ちょっと趣旨が違います。



愛されたい!と、強く思っている人は、


愛されたい!という欲求が強く、
それを満たすためなら、
なんだってします。



…ですが、




相手が、どんな状況なのか?

相手が、どんな気分なのか?

相手が、今、一番、何をしてほしいのか?

そんなことは、あまり考えてないのです。




てか、自分の欲求を満たす方法を考えるので
頭がいっぱいで、

しかも、愛に飢えているので、
ツバメのヒナのように、
自分に愛をちょうだいちょうだい♪と、

アピールするので精一杯なのです。





あるいは、

自分の思う期待どおりの愛をくれないので、
せっかく相手があなたを愛していても、

それを受け取り拒否しているのです。


欲しいと思っていたものじゃなかったので、
相手が買ってきてくれたプレゼントは要らない!

と、拗ねている感じ。

(それなら、あなたが買ってくれるなら何でもいいと言わず、
ちゃんと、欲しいものをオーダーしようね。)




でなければ、


自分は存在する価値がない。
ということを、選択しているので、

かたっぱしから与えられる愛を、跳ね除けている。





大好きな犬を、
なでなでしてあげよう♪と思っているのに、
犬は、そのあげた手にびっくりして逃げる、みたいな。


このワンちゃんは、
いつもぶたれたり、手をあげて怒られているのかもね。
なでなでしようとする人と、信頼関係が成立していないのかもね。



(もし、そうなら、まずは自分自身、
そして人との信頼関係を修復する癒しをしようね。)








ところで、

以前から、分かってたことだけど、

最近、あらためて気付いたことがあります。




I LOVE ME ♪

私は私を愛します。







…で、これから“I”つまり“私”をとると


LOVE ME

私を愛して

になっちゃいます。



しかも、きっつい強要命令形です★







そう、



“I”つまり“私”をとると

人に愛を求めることになっちゃうのよね。



…てことは、“愛が足りてない”状態、

ひどくなると“愛がない”状態なのだ。





てことは、そう、

“自分不在”になると“愛”がなくなる。

“I”がなくなると“愛”がなくなる。


ってことになるのよねん。









愛されたい。

そう思っている人、


自分、空っぽにしてない????








“I(私)”の存在は、

愛された量で決まるのでも、

愛されるから存在してよいのでも、ないし、

異性との恋愛だけでもないし、



ハグやキスなんていう
スキンシップで表現するのが愛でもないし、

もちろん、コトバでもないし、





だいいち、

スキンシップがないから、愛されてない、

コトバがないから愛されてない、

…のではないし、





相手はあなたの期待に応えるために、
あなたを愛するのでもないし、

あなたの思ったとおりのやり方、
表現方法で愛してくれるワケでもない…


…のだ。









とにかく、


☆今日の言いたいこと

“I(私)”は“愛”





“I(私)”は、存在しているだけで、“愛”なのだ。


自分の存在をありのまま認めるだけでいいんじゃないかな?





…てことはさ、


誰かを愛する。ってことはさ、


相手の存在をありのまま認めるだけでいいんじゃないかな?





…ってことはさ、


愛されたい。と思うときは、

愛を外に求める…

誰かに自分の存在を認めてもらおうと、やっきになる前に、



自分の存在をありのまま認めたらいいんじゃないかな?



  


Posted by ジュエリーセラピスト・マキ at 13:11Comments(1)心理学あれこれ

2009年02月08日

犠牲と与えるの違いについて。鶴の恩返しから発展系

はいは~い、

立春過ぎると、早春の匂いがして、

つい、クンクンしたくなる

Jewelry Therapyst マキでっす☆


そんな私の最近のマイブームは“きなこオ・レ”
温めたミルクにきなこと砂糖を入れて飲んでます。



ま、それはおいといて、




なんか、先日、
犠牲と与えるの違いについて書き始めたら、

イキナリ途中で鶴の恩返しが出てきて、
そのまま放置プレイしてた私。


地味~に待ってたアナタ、
ごめんなさいね~★



ところでさ、鶴の恩返しって、
鶴を助けたのは、じいさまとばあさま?
それとも若者だっけ?


あれ?

なんか、夕鶴と鶴の恩返しが、
ごっちゃに脳の引き出しに入ってマス。



ま、とり急ぎ、
助けてもらった鶴が、
なにがしかに恩返しする。という話じゃった。


…という、スゴい概要しか、記憶に残っとらんのじゃよ。



許してケロッ。



またまた前置きが長くなって
かんじんな続きを忘れるとこじゃった。




すまんすまん。






●前回のおさらい




『犠牲』のパターンを持っている人が、

まず『人に与えよう』とすると、

当たり前の話、

自分の身を削って、『犠牲』になっちゃう。






そう、『与える』のではなく『尽くす』ことになっちゃうのよ。



『尽くす』から『尽きる』

自分の色んなものが『尽きて』なくなっちゃうことになるのだ★




…ということで、



鶴の恩返しをちょいとアレンジして、
いくつかのパターンが派生したのだけど、




鶴の話からぶっ飛びます。





キーーーーーーーン・・・・






『犠牲』のパターンを持っている人が、
まず『人に与えよう』とすると、
自分の身を削って、『犠牲』になっちゃう。





でさ、
これって、自分で、自分が“犠牲”のパターン持ってる。
…とか、自覚がほとんどないのよん。


自覚があれば、
気付いたときに立ち止まって、
そうでない方向へと修正したらええんどす。


それでいいんどす。








『犠牲』のパターンを持っている人が、
まず『人に与えよう』とすると、
自分の身を削って、『犠牲』になっちゃう。



これをやってると、たいてい自分が苦しくなります。
尽くしてるから、尽きてきちゃうのだ。


でもね、でもね、

犠牲になっている人は、

犠牲になりたくて犠牲になっているの。

辛い自分を選択しているの。



それは、無価値感かるくる、
罪悪感だったり、するんだけど、


犠牲になる。ということで、
その罪悪感の免罪符を自分に与えようとたり、


犠牲になって人の役に立っていると
思い込むことで無価値感を補おうとしたりしているの。


なんてイタイケな私。

犠牲になっている私って、悲劇のヒロインみたくてス・テ・キ。


と、ここまで思っているかどうかは抜きにして、


ぶっちゃけ、感心のベクトルが“自分”にあるのだ。



自分にベクトルが向いてるから、
相手が本当に求めていることより、
自分が相手にしたいと思うことを相手にしようとする。

…で、見返りをひそかに狙っている。



私、こんなにあなたに尽くしているのに★プンプン★


…と思うなら、それは与えているのではなく、
見返りを求めて相手に尽くしているのだよ。


いや、
そこまで思ってなくても、
相手が自分の期待通りのリアクションがないと、
むなしくなるのも、同じ。




私って与え好きなの♪
というのも、ちょいとニオう。


与え好き♪という自分が好きなのであって、
本当に相手にとって良いことかどうかは二の次。


でもって、本当に与えているときは、
だいたい“与えている”という認識がほとんどない。



そもそも、与える→受け取る のではない。



与えた側には、無理がないので、

あら、なんか分からないけど、
私、何もしてないけど、
勝手に喜んで帰っちゃった程度だったり、



むしろ、こんなに受け取っていいのかしらん。


…と思うくらいのものなのだ。



なにせ、
受け取る人は、どんなものからでも受け取ることができる。


道に生えた雑草からでも、

ただ空が青く広がっているだけでも、

なにげない一言や、仕草でも。





で、そうやって、何でもないことから学び、
成長し、精一杯生きていれば、

自分の限界に、自分のすべてを賭けていく
トップアスリートのように、

もう、それだけで“与えて”いるのだと思うな。

  


Posted by ジュエリーセラピスト・マキ at 11:25Comments(0)心理学あれこれ

2009年01月31日

犠牲と与えるの違いについて。鶴の恩返し編その1

はいは~い、
先月の新月&日食の温泉旅行なみのデトックスが
相当効き、

脱皮完了、来るなら来い!


…と、何だか臨戦態勢の
Jewelry Thrapystマキでっす・笑








てか、去年の6月~9月半ばにかけての、
完全停止から、

流れが完全に逆転し、


それ以降、

色んなものや人が、
『向こうからやって来る♪』という、


ある意味、非常によい流れに乗っている模様。





そんでもって、

今まで地道に種撒きしていたものが、

いつの間にか成長していて、

その成長振りに驚くことが続いてます。



結果はまだ出てないけど、
今年は続々といいお知らせがでけそうですぜ♪



ま、それはおいといて。






●今日は、
『犠牲とリーダーシップにおいて“与える”こと』について
ちょいと談義。




よく、
『まずは与えなさい』と、美しい道徳では説いてるけど、




これ、個人的には、

『犠牲』のパターンを持っている人は、
まだ『してはいけない行為』だと思ってマス。





なぜなら、

『犠牲』のパターンを持っている人が、

まず『人に与えよう』とすると、

当たり前の話、

自分の身を削って、『犠牲』になっちゃうワケ。



そう、『与える』のではなく『尽くす』ことになっちゃうのよ。



『尽くす』から『尽きる』

自分の色んなものが『尽きて』なくなっちゃうことになるのだ★



それは、

『鶴の恩返し』で、
自分の羽を抜いて、
美しい反物に織り上げ、
恩を返そうとした鶴。


もし、あのまま最後まで、反物を織ってたら、

どうなってたんだろ~????



…ということで、



『もしも編DE解説』


①自分の羽を使いながらも、
ちゃんと自分が飛べる許容範囲内で織り上げ、
じいさまにもばあさまにも気付かれず、
『お世話になりました。』という言葉と反物を残し、

まさに、飛ぶ鳥 後を濁さず♪

めでたしめでたし。

お見事! 

ことわざ編 鶴の恩返し



…だけどさ、




②羽をすべて使ってしまい、体温維持が出来なくなって死ぬ。

うわ、最悪の犠牲★

悲劇、鶴の恩返し。

結局命を救ってもらっても、死ぬときゃ死ぬ。という、
なんかヘンに深い物語になるよね。。。

倫理・哲学編 鶴の恩返し。

輪廻、死生観について熱く語れそうです。





③羽をすべて使わなかったものの、羽が生えるまで飛べずに、
結局は、またしばらくおじいさんとおばあさんの世話になる。

あら、なんか、
迷惑かけまい(>_<)とがんばっている子供が、

結局は親にまた迷惑をかけてしまう…って感じだわね。

自立前後にありがちな思春期の子供にありそうな、


心理学講座 鶴は恩返しできるかな?


って感じ・笑





その学びの内容は、

犠牲になることで、何かを得ようとしている
補償行為について。


だね。



しかも、


その補償行為は、色んな原因が考えられるんだけどさ、







あらあら、

なんか、

これ、一話じゃ完結しそうになく、


長くなってきそうなので、


しばらくシリーズ化していきます。




…ということで、


続きは次回!





※言い訳

だって、他にやることあるんだもん。

  


Posted by ジュエリーセラピスト・マキ at 13:14Comments(0)心理学あれこれ
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